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京都地方裁判所 平成4年(行ウ)19号 判決

原告

藤田孝夫

原告訴訟代理人弁護士

片見冨士夫

被告

田邊朋之

被告訴訟代理人弁護士

崎間昌一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、京都市に対し、二九四万八三二八円及びこれに対する平成四年一〇月二九日(訴状送達日の翌日)から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、京都市の住民である原告が、京都市長である被告に対し、京都市が京都市役所内にある市政記者室(以下「記者室」という。)の電話料金及び市政記者クラブ所属の記者(以下「市政記者」という。)等との懇談会費を支出したことが違法な公金支出に当たるとして、京都市に代位して当該職員である被告に公金支出相当額二九四万八三二八円の損害金の支払いを求めた地方自治法二四二条の二第一項四号前段に基づく住民訴訟である。

二  争いがない事実

1  当事者

(一) 原告は、京都市の住民である。

(二) 被告は、京都市長であり、普通地方公共団体である京都市の長として、財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者であり、地方自治法二四二条の二第一項四号前段の「当該職員」に該当する。

2  公金支出

(一) 京都市は、記者室の後記(1)の電話料金(以下「本件電話料金」ともいう。)及び京都市長である被告や京都市の職員らが市政記者や報道機関在京幹部、論説委員と会食を共にしながら行った、後記(2)の懇談会(以下「本件懇談会」という。)の費用(以下「本件懇談会費」ともいう。)を支払うため、次のとおり、公金支出(以下、本件電話料金の支払いに関するものを「本件(1)の公金支出」、本件懇談会費の支払いに関するものを「本件(2)の公金支出」、これらを包括して「本件公金支出」とそれぞれいう。)をした。

(1) 電話料金(平成三年四月一日から平成四年二月二一日までの分)

九三万〇五六五円

(2) 懇談会費

(開催日)(支出決定日)(支出金額)

① 平成三年五月一日 同年七月二日

五万九八五一円

② 同年五月一三日 同年七月三日

一九万七九八六円

③ 同年七月一〇日 同年八月八日

五万八九九八円

④ 同年六月二八日 同年八月一五日

七万七六九八円

⑤ 同年七月二九日 同年一〇月五日

一四〇万九六三〇円

⑥ 同年八月三〇日 同年一〇月一七日

一三万八七五四円

⑦ 同年一〇月三一日 同年一二月二〇日

七万四八四六円

小計 二〇一万七七六三円

(1)、(2)の合計 二九四万八三二八円

(二) 公金支出の専決

京都市は、局長等専決規程(昭和三八年五月一六日訓令甲第二号)(以下「本件専決規程」という。)を定め、同規程によれば、三条、別表第一の専決者局長の項(8)により、局長は一件二〇〇万円以下の支出決定を専決し、同専決者庶務担当部長の項(2)により、庶務担当部長は一件一〇〇万円以下の支出決定を専決し、同専決者庶務担当課長の項(3)により、庶務担当課長は一件一〇万円以下の支出決定を専決することとなっている。また、庶務担当課長は、前記課長の項(7)により、電話料金等の定例的な経費の支出決定について専決することとなっている。

本件公金支出は、右専決規程により、次のとおり、それぞれ京都市総務局長、同総務部長、同総務課長(以下「補助職員」という。)が専決して行った。

(1) 本件電話料金 総務課長

(2) 本件懇談会費

①の支出 右同

②の支出 総務部長

③の支出 総務課長

④の支出 右同

⑤の支出 総務局長

⑥の支出 総務部長

⑦の支出 総務課長

3  京都市の記者室の提供、記者室内の電話の通話料金明細書の受領

(一) 京都市は、昭和二〇年代から、京都市役所の庁舎内に記者室を設置し、そこに広報担当職員を配置し、机、電話等を設置し、市政記者にその利用を認めてきており、今日に至っている。

(二) 京都市は、昭和六二年九月から平成二年三月までの間、記者室内に設置してある電話の通話先が記載された通話料金明細書を新電電三社から送付を受けていた。しかし、同年四月分からは、右明細書の送付依頼を中止している。

4  監査請求

原告は、平成四年四月二一日付けで、本件公金支出は違法であるとして、京都市監査委員に監査請求したが、同委員は、同年五月二一日付けで原告に棄却の通知をした。

三  争点

1  本件公金支出の違法性

(一) 京都市がした本件(1)の公金支出は、憲法二一条及び地方財政法八条に反する違憲、違法なものか否か。

(二) 京都市がした本件(2)の公金支出は、憲法二一条に反する違憲なものか否か。

2  被告に補助職員に対する指揮監督を怠った責任があるか否か。

3  京都市の損害発生の有無及びその損害の数額。

四  争点に関する当事者の主張

1  原告の主張(請求原因)

(一) 本件公金支出の違法性(争点1)

(1) 本件(1)の公金支出

イ 京都市は、京都市役所内に記者室を設置し、これを市政記者ないし市政記者クラブの利用に供し、本件では、前記第二の二2(一)(1)のとおり、平成三年四月一日から平成四年二月二一日までの記者室内の本件電話料金を支払うため本件(1)の公金支出をした。

ロ ところで、記者室内の電話は、基本的には市政記者が取材のために使用するものであるから、取材のための電話料金等の経費をだれが支払うのかということが問題になるが、市政記者ないし市政記者クラブの独自の自由な取材こそが京都市民の知る権利(憲法二一条)という観点からは重要であることに照らし、取材のための電話料金は、取材対象側(京都市)ではなく取材する報道機関側(市政記者ないし市政記者クラブ所属の各社)が支払うべきである。しかるに、京都市は、前記のとおり、決して少額とはいえない九三万〇五六五円の本件電話料金を支払うため本件(1)の公金支出をしたのであり、これは、報道機関の取材活動そのものについて京都市がその費用を支出したということであるから、京都市側と報道機関側の癒着にほかならず、その結果、報道機関側の公正な取材活動がなされない可能性があり、ひいては京都市民の市政に関する知る権利が侵害されるおそれがある。また、このような過度の便宜供与は、地方公共団体の財産は、常に良好の状態においてこれを管理し、その所有の目的に応じて最も効率的に、これを運用しなければならないことを規定する地方財政法八条の趣旨にも反する。

さらに、京都市は、昭和六二年九月から平成二年三月までの間、記者室内の電話の利用に関し、通話先が記載された通話料金明細書を新電電三社から送付を受けて、記者室内の市政記者の通話先を調査していた事実があり、これは、市政記者ないし市政記者クラブの取材の自由(憲法二一条)を侵害し、違憲、違法である。

したがって、本件(1)の公金支出は、市政記者ないし市政記者クラブの取材の自由を侵害し、京都市民の知る権利を侵害し、また、地方公共団体の財産の管理、運用を規定する地方財政法八条に違反する違憲、違法なものというべきである。

(2) 本件(2)の公金支出

イ 京都市は、「今後の市政広報のあり方についての協議懇談」という名目で、前記第二の二2(一)(2)のとおり、前記平成三年五月一日から同年一〇月三一日までの合計七回にわたり、本件懇談会を開催し、その費用合計二〇一万七七六三円を支払うため、本件(2)の公金支出をした。

ロ ところで、京都市と市政記者は、取材する側と取材される側という関係にあるから、公正な報道という観点からは、両者の間に一定の緊張関係がなければならない。市政記者ないし市政記者クラブの取材の自由、報道の自由は、京都市民の知る権利に奉仕するものとして保障されているのであるから、京都市民の知る権利を妨げるような報道機関と京都市との癒着、馴れ合いは許されないのである。京都市は、京都市民の立場に立って市政を遂行するものとして、京都市民から疑惑を招くような行動は慎まなければならないし、他方、報道機関も、京都市民に必要な情報を提供するものとして、京都市に対し中立的な立場に立たねばならず、京都市民から疑惑を招くような行動は慎まなければならない。しかるに、京都市は、前記のとおり、本件懇談会費(その額は、一回につき出席者一人当たり平均一万八六八二円にもなる。)を支払うため本件(2)の公金支出をしたのであり、これは、京都市側と報道機関側の癒着にほかならない。

したがって、本件(2)の公金支出は、市政記者ないし市政記者クラブの報道を歪め、京都市民の知る権利(憲法二一条)を侵害する違憲なものというべきである。

(二) 被告の補助職員に対する指揮監督を怠った責任の有無(争点2)

(1) ところで、前記第二の二2(二)のとおり、本件公金支出は、いずれも本件専決規程に基づき補助職員が専決して行ったものであるが、補助職員が右(一)のとおり違憲、違法な本件公金支出をしたことについては、市長である被告に、以下で述べるとおり、補助職員に対する指揮監督を怠った過失があるから、被告は右違憲、違法な本件公金支出につき損害賠償責任を負うというべきである。

(2) 本件(1)の公金支出について

本件(1)の公金支出がなされた当時(平成三年四月一日から平成四年二月ころまで)には、すでに、原告が京都府知事である荒巻禎一に対し提起した、京都府の京都府政記者クラブへの便宜供与の違法を理由とする住民訴訟が、京都地方裁判所において審理されていたのであるから、被告は、京都市長として京都市における市政記者クラブへの便宜供与の実態について調査し、本件(1)の公金支出が違法なものでないか否かを判断すべきであった。また、京都市は、記者室内の電話の通話料金明細書を入手していたことがあり、過去において報道、取材の自由を侵害する右のような行為が行われていたのであるから、この点からも、被告は、本件(1)の公金支出について、京都市長としてその実態を把握すべき義務があった。

(3) 本件(2)の公金支出について

本件懇談会が社会通念上儀礼の範囲にとどまるものかどうかは、そのかかった費用等に照らして判断されるべきであるが、被告は、実際に何回か本件懇談会に出席しているのであり、これが右儀礼の範囲内の懇談会としてふさわしいものかどうか判断し得る立場にあったのであるから、補助職員に対し本件(2)の公金支出の実態につき説明を受け、本件(2)の公金支出が違憲なものでないか否かを判断すべきであったといえる。

(4) このように、被告は、本件(1)の公金支出及び本件(2)の公金支出につき、これらが違憲、違法であることを知り得る立場にあり、かつ、これらがなされることを阻止することができたにもかかわらず、漫然とこれを放置することにより補助職員の違法な本件(1)の公金支出及び本件(2)の公金支出を許したのであるから、その指揮監督を怠った責任を免れることはできないというべきである。

(三) 京都市の損害発生の有無及びその損害の数額(争点3)

本件公金支出は、前記のとおり、違憲、違法であり、本来支出すべきものではないから、右支出金額の合計二九四万八三二八円が京都市に生じた損害額となる。

2  被告の主張(請求原因の認否、反論)

(一) 本件公金支出の違法性(争点1)

(1) 本件(1)の公金支出

イ 京都市が市政記者に対し記者室を提供している趣旨は、市政記者の常時連絡の取れる場所を設けておき、その場所で、定期的、又は随時に市政情報を市政記者に公表して、迅速、的確な市政情報を市政記者に提供し、それが各報道機関によって報道されることにより、市政情報を広く京都市民に知らしめるためである。そうすると、市庁舎内に市政情報にアクセスする場所が存在すること自体は、市政情報の取材活動の自由を保障するものであり、ひいては京都市民の知る権利を実現するために必要なものである。そして、記者室の設置にともなう電話設置等の便宜供与は、市政情報を広く京都市民に知らしめるという右目的達成のため必要最小限度のものであり、本件(1)の公金支出も、京都市の広報業務活動としてなされているものである。したがって、京都市が本件(1)の公金支出をしたことは、何ら憲法二一条に違反するものではない。

また、原告は、記者室の電話につき、通話先が記されている通話料金明細書を一部電話会社から受領していたことを捉え、これが報道機関の取材の自由を侵害するとも主張するが、これは、京都市の経費支払いの適正を図るためになされた一時的処置であり、市政記者の窓口となる当時の広報室は何ら関与していないのであるから、このことをもって、取材活動の自由の侵害があったとはいえない。

ロ 市政記者室の設置及びそれにともなう電話設置等の便宜供与は、前記のとおり、京都市の広報業務の一環としてなされているものであり、私的に便宜供与を与えているものではないから、京都市が本件(1)の公金支出をしたことは、何ら地方財政法八条に違反するものではない。

(2) 本件(2)の公金支出

本件懇談会は、市政記者からすれば、一つの取材活動であり、他方、京都市からすれば、広報業務の一環である。即ち、本件懇談会は、被告を初めとする特別職等の幹部職員又は広報室長ほか広報職員が、市政記者等の報道関係者に対し、京都の街や京都市民の現状、街の将来の展望、市政の方向に関する情報を提供するとともに、自由で気軽な雰囲気のもとに、率直な議論を交わし、その中で出された意見、要望、批判等を今後の市政運営の参考にしたり、広報業務の充実に役立てていこうとするものであり、京都市の広報業務を円滑に行うために行われたものである。また、本件懇談会の一人当たりの金額は、それほど高額なものとはいえず、社会通念上儀礼の範囲を逸脱しているものではない。

したがって、本件懇談会は、京都市と報道機関との癒着と評価されるようなものではなく、参加した市政記者の取材活動を歪めるような影響を及ぼすようなものともいえないから、京都市の本件(2)の公金支出は、何ら憲法二一条に違反するものではない。

(二) 被告の補助職員に対する指揮監督を怠った責任の有無(争点2)

(1) 被告には、京都市長として補助職員が本件公金支出を行うことを阻止すべき指揮監督上の義務違反はない。

(2) 本件公金支出については、被告の前任者以前からの慣例であり、被告の京都市長就任前からなされてきたことである。これまで法的には勿論、社会的にも問題にされたことはなく、他の公共機関でも行われていることでもあり、補助職員がこのような状況のもとに全く問題のないものとして理解して本件公金支出を行ったものである。

本件公金支出は、本件専決規程二条二項の「重要若しくは異例と認める事項又は解釈上疑義のある事項」に当たらないから、被告は、補助職員から京都市長としての決定を求められたことはないし、同規程五条の補助職員が京都市長である被告に報告を必要とする事項でもないから、被告は、京都市長として右支出に関し報告を受けたこともない。また、被告は、本件懇談会の一部に出席しているが、これも京都市広報室から依頼されて、当日出席し、挨拶等を行ったというだけであり、それ以上に本件公金支出に関与しているわけではない。そうであるとすれば、仮に、本件公金支出が違法であるとしても、被告としては、これが違法であることを知り得べき立場になかったのであるから、被告に故意、過失を前提とする指揮監督義務違反行為は、存在する余地はないというべきである。

(三) 京都市の損害発生の有無及びその損害の数額(争点3)

原告の京都市の損害に関する主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  本件では、前記第二の二2(二)のとおり、京都市長から本件専決規程による専決委任を受けた補助職員が本件電話料金及び本件懇談会費の支払いのため本件公金支出を行っている(争いがない)。このように、補助職員が専決委任にかかる財務会計上の行為を処理した場合、京都市長である被告は、補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった場合に限り、自らも財務会計上の違法な行為を行ったものとして、京都市に対し、右違法行為により市が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である(最判平三・一二・二〇民集四五巻九号一四五五頁参照)。

そして、被告の補助職員に対する右指揮監督責任の点(争点2)を判断するには、補助職員の行った本件公金支出が違法であるか否かの点(争点1)の判断が前提となる。そこで、まず、争点1の本件公金支出の違法性から検討する。

二  本件公金支出の違法性(争点1)の検討

1  本件(1)の公金支出の違法性

(一) 証拠、争いがない事実、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 京都市は、昭和二〇年代から、京都市役所の庁舎内に記者室を設置し、そこに広報担当職員を配置し、机、電話等を設置し、市政記者にその利用を認めてきており、今日に至っている(前記第二の二3(一))。

(2) 京都市は、本件電話料金(平成三年四月一日から平成四年二月二一日までの分)として、九三万〇五六五円の本件(1)の公金支出をした(前記第二の二2(一)(1))。

(3) 記者室には、付属設備として電話一一回線、ファックス、コピーがあり、京都市の各局と市政記者との連絡調整をする係として係長一名と女子職員一名の合計二名が配置されている(乙二、丙四、証人野崎雅博(以下「証人野崎」という。)、同扇谷純(以下「証人扇谷」という。))。

(4) 記者室に常駐しているのは、現状では市政記者のみである(証人原真)。

(5) 本件の住民訴訟が提起されて以降、記者室内に自社の費用で電話を設置する新聞社や取材のときは京都市設置の電話を使わないようにしている記者が増えている(丙四、証人扇谷、弁論の全趣旨)。

(6) 全国の記者クラブの実態を調査し、問題点を提言した「提言記者クラブ改革」と題する冊子(以下「提言」という。)において取材用の電話、ファックスの設置費用、回線使用料は、各社が負担すべきものであるとしている(甲二五(三五頁))。

(7) 記者クラブの問題点として、当局側が「庁舎管理権」を持ち出して、市民と記者のアクセスを妨害する際に、メディア側がそれをはねのけることができない点が指摘されており、また、電話料金を京都市に負担してもらうことは、取材活動にかかった費用を税金でまかなうことになって、ジャーナリストの倫理に反すると指摘されている(甲二六、証人浅野健一(以下「証人浅野」という。)。その他、記者室の提供や記者クラブの閉鎖性等につき問題点を指摘する見解もある(甲一八の1ないし3、一九の1、2、二〇の1ないし3、二一の1、2、二二の1、2、二三、二四の1、2、二五、二八の1、2)。

(二) 他方、証拠、争いがない事実、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 京都市が前記のとおり、市政記者に、市庁舎内に記者室及び電話、ファックス、コピー等の利用を認めている趣旨は、京都市の市政情報について市政記者の取材活動を保障するため、施設の面から最低限度の便宜を供与する点にある(乙二、三、証人野崎、同扇谷)。

(2) 記者室での電話使用等の便宜供与については、京都市だけではなく、他の地方公共団体や各都道府県警察本部等においても行われている(争いがない)。

(3) 日本新聞協会の一九四九年の「記者クラブに関する新聞協会の方針」は、「新聞記事取材上必要な各公共機関は記者室を作り電話、机、椅子など執筆、送稿などに必要な施設を設け全新聞社に無償且つ自由に利用させることとする。」との要求を行っている(甲二五(一八、一九頁))。

(4) 庁舎内の記者室を利用する市政記者は、記者室内の右付属設備は取材活動のために必要最小限のものであり、報道機関として京都市民の知る権利を実現するために必要なものと理解している(丙四、証人扇谷)。

(5) 「提言」の実態調査において、外線共有電話について取材先負担となっている例があることが報告されている(甲二五(三一頁))。

(6) 本件電話料金の合計額は、前記のとおり、九三万〇五六五円であり、市政記者クラブ所属の報道機関は一二社であり(丙一)、右電話料金は、約一一か月の間の電話料金であるから、一社当たり一か月平均の電話料金は、七〇四九円(円未満切捨て)に過ぎない(弁論の全趣旨)。

(三) 以上の事実認定を前提に検討する。なるほど、前記二1(一)(1)ないし(7)の事実によれば、京都市は、記者室を利用する市政記者に対し、記者室内の電話の設置及び電話料金の負担などの便宜を供与しているが、この便宜供与の問題点を指摘する見解もあり、現に本件住民訴訟の提起以降、記者室内に自社の費用で電話を設置する新聞社や京都市設置の電話を使わないようにしている市政記者が存在する事実が認められる。

しかし、右(二)(1)ないし(6)の各事実によれば、記者室内の電話等の付属設備は取材活動のために必要最小限のものであり、本件電話料金も、市政記者クラブ加盟の構成社一社当たり一か月平均七〇四九円に過ぎない事実が認められる。

そうすると、右認定によれば、前記二1(一)(1)ないし(7)の事実をもってしても、京都市が本件電話料金を負担することによって、ジャーナリストの倫理違反等の当不当の問題が生ずることは別にして、京都市の市政担当者と市政記者との間に全く緊張関係が失われ、市政記者は自主的な取材活動をしなくなり、京都市民の知る権利が侵害されているとか、地方公共団体の財産の管理、運用を規定する地方財政法八条に違反する事態が生じているとの事実まで認めることはできない。その他、本件全証拠に照らしても、原告の右主張事実を認めるに足りる的確な証拠がない。

なお、原告は、京都市は昭和六二年九月から平成二年三月までの間、記者室内の市政記者の通話先を調査していた事実があり、これは、市政記者ないし市政記者クラブの取材の自由(憲法二一条)を侵害し、違憲、違法である旨主張する。しかし、本件(1)の公金支出は、平成三年四月一日から平成四年二月二一日までの分であり、仮に、本件(1)の公金支出以前に京都市の通話先調査の事実があったとしても、それは、本件(1)の公金支出という財務会計上の行為とは何ら関係のない違法事由の主張であるから、原告の右主張は、主張自体失当というべきである。

したがって、これらの点に関する原告の主張は、いずれも採用できない。

2  本件(2)の公金支出の違法性

(一) 証拠、争いがない事実、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 京都市は、「今後の市政広報のあり方についての協議懇談」などという名目で、次の①ないし⑦のとおり、平成三年五月一日から同年一〇月三一日までの合計七回、市政記者や報道機関在京幹部、論説委員と会食を伴う本件懇談会を開催した。そして、本件懇談会費として、次のとおり、合計二〇一万七七六三円(一回の出席者一人当たりの平均は、一万八六八二円。円未満切捨て)の本件(2)の公金支出がされた(甲九ないし一五、証人野崎、前記第二の二2(一)(2)、弁論の全趣旨)。

① 開催日(支出決定日)平成三年五月一日(同年七月二日)

支出金額 五万九八五一円

出席者 市側二名、記者側二名の合計四名

一人当たりの金額(円未満切捨て。以下同じ)一万四九六二円

② 開催日(支出決定日)同年五月一三日(同年七月三日)

支出金額 一九万七九八六円

出席者 市側七名、記者側一四名の合計二一名

一人当たりの金額 九四二七円

③ 開催日(支出決定日)同年七月一〇日(同年八月八日)

支出金額 五万八九九八円

出席者 市側二名、記者側二名の合計四名

一人当たりの金額 一万四七四九円

④ 開催日(支出決定日)同年六月二八日(同年八月一五日)

支出金額 七万七六九八円

出席者 市側三名、記者側三名の合計六名

一人当たりの金額 一万二九四九円

⑤ 開催日(支出決定日)同年七月二九日(同年一〇月五日)

支出金額 一四〇万九六三〇円

出席者 市側一二名(別席六名)、記者側三三名の合計五一名

一人当たりの金額 二万七六三九円

⑥ 開催日(支出決定日)同年八月三〇日(同年一〇月一七日)

支出金額 一三万八七五四円

出席者 市側七名、記者側一〇名の合計一七名

一人当たりの金額 八一六二円

⑦ 開催日(支出決定日)同年一〇月三一日(同年一二月二〇日)

支出金額 七万四八四六円

出席者 市側二名、記者側三名の合計五名

一人当たりの金額 一万四九六九円

(2) 右(1)の①ないし⑦の懇談会(以下、右懇談会を単に①、②等の符号で示す。)のうち、②、⑤、⑥は、被告も京都市長として参加しており、②、⑥は、市政記者の他、在京報道幹部や論説委員も参加しており、⑤の支出金額が一四〇万九六三〇円と最も多額である。残りの①、③、④、⑦の懇談会は、少人数の市政記者を対象としたものである(甲九ないし一五)。

右①、③、④、⑦の懇談会は、異動等で新たに京都に赴任してきた記者を対象に京都市側と市政記者側の双方の信頼関係を築く目的でなされたものである(証人野崎)。ただし、平成三年五月に京都に転勤してきた証人扇谷は、右のような懇談会に出席したこともなく、又、同僚らがこのような懇談会に出席したということを聞いたことはないと証言している(証人扇谷)。

(3) 本件懇談会の形式は、冒頭において、京都市長や市政記者クラブの幹事社の挨拶があった後、乾杯をして、その後料理が運ばれるまで専ら市政に関することについて、懇談をするというものである(丙四、証人扇谷、同野崎)。ただ、出席者からの質問に対し京都市側が答えるといういわゆる協議形式でされていたか否かについては定かではない(証人扇谷)。

(4) 本件懇談会には、市政記者等に対する接遇の要素がある(証人野崎)。

(5) 「提言」は、「昼食付き懇談など、食事を伴う取材源との懇談では、自分たちの食事代を支払うべきである。コーヒー、お茶程度は、受けてもよいと思われる。または、食事の時間帯を避けて懇談を設定するよう、求めていくことも一つの方法。懇親会も同様に、会費制にして、参加する記者(=会社)がそれぞれ費用を負担する。高額だというのなら、昼間の時間帯に移すなり、値段の手ごろな場所、方法で開催するよう、先方と話し合えばよい。」との指摘をしている(甲二五(三五頁))。

(6) 本件と同様の形式の懇談会は、本件住民訴訟の提起以降、会費制になった(証人野崎、同扇谷)。

(7) ジャーナリストが、取材対象者である当局側から料亭等で懇談をするというのはジャーナリストとしての倫理に反するし、当局側も、ジャーナリストを接待することで当局側に都合のいい情報を配信してもらおうという意図があると思われても止むを得ない側面を持っているから、右のような懇談会は直ちに止めるべきであるとする意見もある(証人浅野)。

(二) 他方、証拠、争いがない事実、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件懇談会は、市政記者等と京都市の市政担当者との間で、市政の基本的な考え方や方向性、その他当面する様々な課題について忌憚のない率直な議論を深め、また、市政記者による取材活動を通じて得られた京都市民の市政に対する意見等を聴取する場として開催されている(乙二、証人野崎)。

(2) 市政記者の中には、本件懇談会への参加を、多忙な京都市長等の京都市の幹部と直接会ってじっくりと話をする機会が得られ、日常の取材活動を補う貴重な機会であるとする意見もある(丙四、証人扇谷)。

(3) 本件懇談会費の一人当たりの金額は、八一六二円(前記⑥の懇談会)から二万七六三九円(前記⑤の懇談会)の間であるが、右最高額の懇談会は、京都市長、助役二名、収入役の京都市の特別職が出席し、市政記者関係も三三名の多数が出席した会合である。他の懇談会の一人当たりの金額は、これより低額である(甲一三)。

(4) 前記⑤の懇談会に出席した市政記者は、この懇談会には、芸者や舞妓は出席しておらず、また、余興をするとか、二次会が設定されているというものではなかったし、懇親のための宴会や豪華料理が出されているとの印象を受けなかったと述べている(証人扇谷)。

(5) 「提言」の実態調査では、他の公共機関でも、かなりの回数の供応(接待)が行われているとの報告がある(甲二五(三二、三三頁))。

(三) 以上の事実認定を前提に検討する。なるほど、前記二2(一)(1)ないし(7)の事実によれば、京都市は、合計二〇一万七七六三円の本件懇談会費(一回につき出席者一人当たりの金額一万八六八二円)を支払うため本件(2)の公金支出をしたものであるところ、本件懇談会の開催や本件懇談会費支払いのための本件(2)の公金支出につき問題点を指摘する見解もあり、現に本件住民訴訟の提起以降、本件と同様の形式の懇談会は会費制になっている事実が認められる。

しかし、普通地方公共団体の長又はその他の執行機関も、当該普通地方公共団体の事務を遂行し対外的折衝を行う過程において、社会通念上儀礼の範囲にとどまる程度の接遇を行うことは、普通地方公共団体が社会的実体を有するものとして活動している以上、右事務に随伴するものとして許容されるというべきである(最判平元・九・五裁判集民事一五七号四一九頁参照)。

右(二)(1)ないし(5)の事実によれば、本件懇談会の開催は、京都市側からすれば、市政記者等を接遇し、京都市の広報業務を円滑に行うものであり、他方、参加した市政記者の側からすれば、日常の取材活動を補う貴重な機会として捉えられている。このような懇談会は、他の公共機関でも行われている。本件懇談会費の総額は、二〇一万七七六三円と決して少額とはいえないが、右費用には、芸妓代や二次会での遊興費は含まれていない。右懇談会のうち、一人当たりの金額が最も高い二万七六三九円の懇談会(前記⑤の懇談会)は、京都市長、助役二名、収入役等の京都市の特別職が出席し、市政記者関係も三三名の多数が出席した会合である。他の懇談会の一人当たりの金額は、これより低額である。このように認められる。

してみると、本件懇談会が行われるに至った経緯、懇談会の目的、他の地方公共団体における供応(接待)の実態、出席者の社会的立場、右支出金額等の点からみて、京都市の本件懇談会費の負担が、社会通念上儀礼の範囲を逸脱したものとまでは認められない。

したがって、前記二2(一)(1)ないし(7)の事実をもってしても、京都市が本件懇談会費を負担することによって、ジャーナリストの倫理違反等の当不当の問題が生ずることは別にして、京都市の市政担当者と市政記者との間に全く緊張関係が失われ、市政記者が自主的な取材活動をしなくなり、京都市民の知る権利が侵害されているとの事実まで認めることはできない。その他、本件全証拠に照らしても、原告の右主張事実を認めるに足りる的確な証拠がない。

よって、右の点に関する原告の主張は、採用できない。

第四  結論

以上のとおり、本件電話料金及び本件懇談会費の支払いのためになされた本件公金支出は、違憲、違法とまではいえず、争点1に関する原告の主張が認められないから、その余の争点2、3に関する原告の主張につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

よって、原告の請求を棄却することとする。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官難波雄太郎 裁判官河村浩)

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